『失われた時のカフェで』ノーベル賞特別エディション出来記念・翻訳楽屋話

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『失われた時のカフェで』増刷が出来。2014年パトリック・モディアノ、ノーベル文学賞受賞に伴う記念特別エディションです。
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古書ではなく、記念エディション(新刊)をぜひどうぞ! 現在は第4刷です。
書店店頭での入手をご希望の方は、お近くの書店でご注文下さい。
*現時点では、必ず取り寄せ可能です。

重版出来を記念して、今回の変更点をめぐっても、多少記しておきます。

併録のモディアノ論「パトリック・モディアノと『失われた時のカフェで』の世界」これは本翻訳出版時点で最新のモディアノ論をできる限り参照し、最低でも*日本の仏文科の博士課程の皆さんの学位論文作成の参考にもなるレヴェル*を目指した50ページの大部のもの。
…じつはあの時点では、日本ではモディアノはまったく売れない、というのが既に定説となっており、モディアノ作品を出版すること自体たいへん困難だったため、最初から、僕が書き下ろしでソリッドな解説を付ける、ということが出版の前提になっていました。さらにフランス文学翻訳の通例・常識に反し、僕の翻訳は原作に対してページ数がほとんど増えない、というものなので(笑)5割り増し程度のページ数にはなるだろう…という版元の計算を完全に覆してしまった、そのため予定通り出版にこぎ着けるため、さらに内容を充実させた、というような経緯があります。というわけで、あの大部の解説はあの時点であの本を実現する、なんとか皆さんのお手元に届けるための苦肉の策として生まれたわけです。しかし結果的には、現時点で日本語で書かれたモディアノ論としては、もっとも内容あるもののひとつとなったでしょうから、決して無駄ではなかった、と考えています。

同時に後書きもかねていたため(笑)僕の翻訳の方針についても最後のほうで簡略に説明しておきました。ご参照いただければ、と思うのですが、要は、僕の選んだのは、
文章の内容を“正確に”伝える、即ち、
原文の単語それぞれに辞書的にいちばんそぐう意味を当てはめ、日本語にない要素は(冠詞、関係詞はもとより、時制や法等々も)全て省略し、
“言文一致”運動以降、新しい日本語として作り上げられた現在の日本語として、“読める”語順に並べ替えて*てにをは*をおぎなうという、
この漢文読み下しの伝統を基礎とした、現代の所謂「“正しい・正確な”翻訳」(この翻訳法の詳細は本書を参照)、
現在最も慣習的なこの翻訳法ではなく、
イーザーの受容理論に基づいて、小説ナラションの『線状性』を前提に、
(この小説の『線状性』については、とくに今世紀以降いろいろな異論があることは一応承知しておりますが・笑)
小説の『ストラテジー』を到着言語で再現する、
原文を読んだ時読者に生まれる効果を別の言語で再現する、
これを基本とする方法論です。
もちろんこれは努力目標であり、いうは易し、そうそう滅多に上手く行くものではありません(笑)
また、多くの場合、語順や句読法、といった細かい微調整の作業が専らとなり、なにか華麗できらびやかなことは作業段階ではふつうなく(笑)お話ししても面白いようなものでもありません。
けれど今回の調整の中に、ひとつだけ、非常に判り易く、この僕の方法を説明できるインスタンス、具体例というか、経験がありました:

初版本文p. 85、ここに:

どうしてかは判らないけど、真夜中のミサが始まるんだわと私は思った。

という部分があります。これは«la messe de minuit»の、所謂逐語訳でした。

ところがそのあと、出版後のクリスマスに、24日は教会の真夜中のミサに行って…とフランス人がいった時、ふと僕は、
真夜中のミサ、っていうのはクリスマスにしかないわけ?
と訊いてみたのです。真夜中のミサがクリスマスにあることは、パリならノートルダム、そしてヴァティカンからTV生中継されたりもしますので、僕も知っていました。
しかし、他の機会にもあるのだろうか、とふと思ったわけです。
するとそのフランス人が、しばらく首を捻り、いや、他の機会にはないだろう、真夜中のミサは、クリスマスにしかないよ、という結論に達しました。そこでさらに、
じゃあ、真夜中のミサ、ときいた瞬間、クリスマスを考えるわけ?
と訊いてみたところ、そう、との答え。
その後、何人か他の人にも、思いつくたび訊いてみましたが、ある若い女のコに、
真夜中のミサってあるよね?
といった瞬間、
ああ、クリスマスのね!
という答えが返ってきて、これはもう、決定的だなぁ、と思ったわけです(笑)

そこで今回のエディションでは、これを:

真夜中のミサが始まるんだわ、クリスマスみたいに、と私は思った。

と修正しておきました。
つまり、真夜中のミサ、という訳自体は、必ずしも間違いとはいえない、書いてあることをそのまま正確に伝えている、といえるかもしれません。
しかし原文で読むフランス人読者の頭の中に、この部分を読んだ瞬間必ずクリスマスのイメージが広がっているのなら、それを日本語で読む読者の頭の中にも再現しなくてはならない。
真夜中のミサ=クリスマス、という連想が日本人読者の中にない以上、クリスマスの一語は補う必要がある、という判断です。

最終的には、もっとシンプルな:

クリスマスの真夜中のミサが始まるんだと私は思った。

この訳文とも比較検討したのですが、文章としては甘くなるがクリスマスでしかありえない、ということを(前後のリズムと調和した文で)伝達する、ということ理由に前者を選択しました。

まぁ、これはほとんど例外的な、判りやすい例、こういう単純明快なケースは、他にはあまりないので、
僕の方法論、というのが要するにこういう作業のことなのだ、と誤解されても困ってしまうのですが(笑)
コンセプトとしては、こうです。

…さらに、クリスマス、というのはフランス語では、ノエル。これがクリスマス、でいいのか、というまた別の問題がここにはあります。
フランス文学の研究者や言語学者から見ると、これはなにも難しい問題ではないかもしれません(笑)
しかし、小説家の視点から見ると、これは非常に大きな問題なのですが。。。これについては、機会があれば、またいずれ。。;)

というわけで、一行残らず、職人的な細かな手作業で織り上げられた訳文です。どうぞお楽しみ下さい。

 
ルキ、それは美しい謎…。現代フランス文学最高峰にしてベストセラー『失われた時のカフェで』

2014年ノーベル文学賞に輝くパトリック・モディアノ、2007年全仏ベストセラー Dans le café de la jeunesse perdue 日本語版。最新のフランス・モディアノ研究の成果をふまえた、50ページのモディアノ論「パトリック・モディアノと『失われた時のカフェで』の世界」を併録。

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パトリック・モディアノのページ、Patrick Modiano Japon
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