〈物語〉と〈言説〉といっただけでは判らない、その違い。実はこれ、僕の専門分野です(笑) *「平中悠一のニュースレター」で配信されたテクストを元にしています。
第1次トランプ政権からアメリカのニュースで「ナラティヴ」ということばをやたら耳にするようになりました。
同時に用いられた「フェイク・ニュース」や「オルタナティヴ・ファクト」などと並んで、もはや「時事英語」、「実用英語」の語彙として、この単語「ナラティヴ」の意味が判らなければ、ニュース記事が読めない、というようなことにもなっているでしょう(笑)
日本では、この「ナラティヴ」を「物語」程度に考えて済ませている人が多い、と思います。なぜかというと、この「ナラティヴ」という英語を日本に紹介している人たちが、ジャーナリスト、英語やアメリカ学、政治経済の専門家で、これまでこの「ナラティヴ」ということば、概念について、深く考えてきていないし、専門外で、先行研究を知らないからです(笑)
もちろん単純には、この「ナラティヴ」を「物語」と考えてもある程度まではいいわけです。
例えば、
「移民の大群が押し寄せてアメリカ人を貧困化させている」とか、
「第一次トランプ政権の経済は歴史上最高の経済であった」とか、まぁ、何でもいいですが、
これをひとつの「物語」、「お話」として提示する。
実用英語、AI翻訳のレヴェルでは、これで十分なのでしょう。しかし少し考えはじめたら、 続きを読む