パリで見つけたこの1枚*“聴ける” 第九;)

abbado日本では“第九”は師走の風物詩;)独特の習わしのようですが、僕はこれはこれで、悪くない、と思います。
そもそもこのシンフォニーは、人類最大の音楽作品のひとつ、といってもいいものでしょうし、また日本のクラシック・ファンの場合、子どもの頃いち度はフルトヴェングラー/バイロイト祝祭管のレコーディングの話を聞き及び、そんな伝説的な名演とはどんなものなのか…と耳を傾け、少なからずがそれなりに思い出に残る経験をした、というようなことがあるのではないでしょうか(なにしろ、その後クラシック音楽が好きになっている人たちの場合、ですから;)

第三楽章までと第四楽章の乖離、終楽章はあまりに通俗的すぎる、という点も、ここはある種のフェスティヴァル、お祭りであると考えれば、この親しみやすさも、それはそれでよいように思われます;)

第九=人類愛、ベートーヴェン=クラシック音楽>襟を正し(あるいは正座して;)真剣に聴くべし! というのももはや富国強兵、官製西欧音楽教育的なシェマではないか、とも思うのですが(笑)それでもやはりこれは(特に問題のフルトヴェングラー盤など)年から年中聴きたい(あるいはさらに聴く“べき”;)音楽ではない、という感覚が、僕にも残っています。

しかしフランスには第九=年末、という観念はないので、FMなどでも季節に関係なく、1年を通してしばしば放送されます。名曲は、いつ聴いても名曲、ですから;)
最初は参ったなぁ、などと思っていたのですが、その分いろいろな演奏にふれ、大上段に振りかぶったかたちでなく(笑)細部を、ごくニュートラルに、おかげで気づけば聴いたりしていることもあります。

Furtwangler確かにフルトヴェングラー盤などは、人生のしかるべきタイミングで通算5、6回聴けばいい、ということもあるいはいえるかとも思いますが;)しかしこの豊かな作品を、ある種の機会音楽にしてしまうのも勿体ない、という気もします。
ある意味で、年来のクラシック・ファンとしては、この曲をいかに日常生活の中にとり戻すか、ふだんの音楽として日常的に楽しめるか、ということも、またひとつの面白いテーマではないか、と思うのです…。

さて、パリに行って、そういうわけでいろいろ聴いて(聴かされて;)来たなかで、その意味で僕がここで挙げてみたいのが、まずエレヴェッグ(フランス読みです。日本での表記はヘレヴェッヘ、あたりか?)指揮、ジャンゼリゼ管。
herrwegheこの人は、僕は日本にいた時からフォーレのレクイエムの二稿版(?)の録音など、かなり好きだったのですが、この録音。逆にいうと、この録音を聴いたあたりから↑↑の問題意識が僕の中でかたちをとってきた、といいますか;)クラシック・ファンにとっては隅から隅までおなじみ、といいたくなるようなこの曲を、とにかく先入観に囚われず、どこもかしこもフレッシュな気持で聴くことのできる演奏ではないか、と思います。

なお、この人のインタヴューもパリのFMで聴いたのですが、声、話しぶり、何となく予想していたもの(=学究肌の物静かな人)とかなり違ったのが印象に残りました;)

そのあたりを意識して、さらにいろいろ聴いて(聴かされて)いった結果、いま僕が第九を聴くなら、これ、です。アバド、ベルリン・フィル、全集収録録音(mp3版もあります)。

abbado-beethoven-symphoniesいずれマーラーあたりで、もう少し突っ込んで書いてみたいのですが、僕の子ども時代、次世代の期待の星だった頃のアバドから、ヴィーン・フィル(シュターツ・オーパ監督)時代、そしてさらにベルリン・フィル監督時代には、かつての精彩を結果的に欠いた観もあったアバドですが、近年のルツェルンでの演奏は、どれもこのパークールがどうしてこうであったか、このような変容が結局最高のかたちで結実したものになっている。。少なくとも僕はルツェルンでのマーラーをTVで観て以来、勝手にアバド先生、と口頭では呼ばせていただくことにしておりますが(笑)この現在のアバドの音楽が、ややレトロスペクティヴにみると、ここに既に存在しているように思います。

ディスコグラフィーとしては、アバドはベルリン・フィルとごく短期間にベートーヴェンのシンフォニーを全曲2回録音しているようで、この全集はその2回目の録音をあつめたもの、しかし第九のみ1回目の録音が採用されている、というやや変則的なかたちになっているのではないか、というのが僕の理解です。もし間違っていたら、教えて下さい。よろしくお願いいたします。

…と、本来はここまででまとめるつもりでしたが、このアバドの第九から、同じベルリン・フィル、カラヤンの3回目の全集録音のことをふと考えるようになりました。
Karajan子どもの頃聴いて、そもそもフルトヴェングラーの録音が念頭にある第九だけに、なんともハリのない奇妙で非正統的で上っ面の皮相な演奏。。などとも思ったのですが、確かにカラヤン、フルトヴェングラーと比べれば、LP時代を代表する小ぶりでインダストリアルな音楽、ということもいえましょう。しかしいまにして、これまたレトロスペクティヴに、ですが(笑)意外にこの人は20世紀の音楽家として21世紀を見つめていたのではないか、という気もしてきました。。;)

というわけで、タイトルに反して、4枚も紹介してしまいました(笑)
急いで書いたので、事実関係などやや誤っている部分もあるかもしれません。
それでも、日本時間ぎりぎり大晦日中、というラスト・ミニッツのポストとなってしまいました。。
まぁ、しかし、そもそも主旨は、第九を年末に限らず、日常的にどんどん聴こう!ということですので。。;)
ともかく今年も残りあと僅か。どうぞ皆さま、よいお年をお迎え下さい。

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