モディアノ翻訳計画*Des inconnues『見知らぬ彼女たち』

さて、お待たせしました、『モディアノ翻訳計画』;)次に見てみたいのは、1999年の作品集、Des inconnues です。

パトリック・モディアノ今回の新刊『失われた時のカフェで』を僕が訳してみよう!と遂に決意したにあたっては、そういうわけで、さまざまな理由があったのですが(笑)そのうちのひとつが、ヒロイン・ルキのナラション(語り)の魅力、でした。

僕は小説家としてのキャリアは既に比較的長いわりに、なにしろ非常に慎重ですので(笑)まだまだトライしていないことがたくさんあります。女性の、所謂“一人称のナラション”も然り、です;)——日本語の場合は今日もなお“女ことば”というものもあって、これは日常的に自分ではまったく使わないランガージュですから、これを作品のナラションの中心にする、というのは当然なかなかチャレンジングなわけです。(しかし、僕は最初から所謂“標準語”で小説を書いていますから、自分の日常的なことば遣いと小説のランガージュを最初から意図的に分離してきた、ともいえるのですが。。。;)

…ともかくこの魅力的なルキのナラションを日本語で再現する、ということが、つまり、たいへん魅力的に思えたわけです(笑)実際、簡単ではなかったけれど、訳していていちばん筆が乗った部分、でもあったかもしれません;)

ところで、『失われた時のカフェで』巻末に併録いたしました50ページにわたる力作モディアノ論;)「『失われた時のカフェで』とパトリック・モディアノの世界」を既にご覧下さった方はご存知の通り、このルキのナラションによる第3章はDes inconnues に収録されていてもおかしくなかった、といっているモディアノ研究者もいるように、3篇の短篇作品から成るDes inconnues は3人の若い女性の語りによる3話によって構成されているのです…。

さて、前回に続き、もし僕がこの作品を訳すとすれば、ですが;)
いちばん批判を受けにくい訳題は、あるいは『知られざる彼女たち』、というあたりでしょうか?
しかし、僕としてはそこをひと押して『見知らぬ彼女たち』としてしまいたいです;)

帯案はとくに考えていませんが(笑)原著の表4に印刷された本文からの引用、これが既にたいへん魅力的です。ざっと仮に訳してみると、たとえば:

私は恐かった。眠りに落ちるのが。そして彼女に打ち明けてしまうのが。眠りの中で、私が自分に、ずっとまえから、こんなに長いあいだ抱えてきたことを:ルネ。犬。失くなった写真。屠殺場。朝とても早く、目を醒まさせる蹄の音…。

…どうでしょう?;)

また、第1挿話には、以前Twitterでもご紹介した、こういう非常に印象的なナラションもあります:

彼が嘘をついてたとしても私は悪く思ったりしなかった。結局、彼の嘘もまた、彼の一部だったのだから。

…えーっと、これは全体の中ではもうちょっと譲歩のニュアンスを強調して訳すべきだと思うのですが、一文単独のcitationとしては、こういう感じがいいと思うのですが;)

非常に魅力的な作品集だと思います。
で、ここで例によって、difficulté、この本を訳すとした場合の困難、です;)
『失われた時のカフェで』のルキのパートをじっくり読まれた方は、あるいは頷いてくださるのではないか、と思うのですが…あのパート、魅力的ですが、非常にメランコリック、いってみれば、まぁ、非常に暗いですよね?(笑)

つまり、ああいうナラションが、3連発でくる、となると…読後感は、これは、相当に重いわけです(笑)
しかし僕としては、この作品集にもたいへん惹かれるものがあり、可能であれば、ぜひ訳してみたい、とも思います。3人の女性のそれぞれの孤独がひしひしと胸に迫ってくる。また自分自身の興味としても、今回たいへん面白かった女性のナラションの日本語による再現を、さらに何作かやってみたい…。ですから、『失われた時のカフェで』のなかでも、とくにルキのパートが好きだった、モディアノ作品のなかでも、とくにああいうテイストのものをもっともっと読んでみたい!!という方がたくさんいらしたら、まさにこれは打ってつけの作品、なのですが…如何でしょうか;)

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