さよなら、ポリーニ、さよなら、アシュケナージ|#新譜早耳2020

最初に断っておきますが、もちろんこのタイトルはことばの綾、というやつでw 70年代のポリーニ、アシュケナージの録音の歴史的インパクトや価値、個人的な愛着などが、消え去るはずもありません;)
が、しかし、それにしても、このプレリュード!

ショパン: 24の前奏曲 エリック・ルー(2020)

この最初のプラージュ、作品28の1を聴き始めた途端(…針を落とした途端、などと書けないところが、デジタル時代の残念さ、ではありますが。。;)
「はーーー、時代は、変わったなぁー!」と唸ること、しきり(笑)

テンポを落とし、ルバートもたっぷり、丁寧に歌い上げる、ロマンティックといえば、非常にロマンティックな演奏だけど、それが往年の偉大なショパン弾きたち、時代がかった演奏とは切り離され、別物として、やっぱり現代的な演奏だなぁ。。と聴こえてくる。
単に録音が今どきの音だから、ということにはとどまらず、やはりこの演奏は、ポリーニ、アシュケナージといった70-80sのスタイリッシュな新解釈を経たかたちで出てきている。
あの時代に、この二人とマルタ・アルゲリッチくらいが、レコーディングにおいて、いわば過去の名演を「過去の名演」としてきれいに閉じ込めてしまった。
ところがこの、当時の新世代のショパン弾きたちの新しかった録音が、前回ベートーヴェンでクライバー録音についていったのと同様に、今度は新たな*壁*になっていた。
圧倒的なテクニック、主観性に溺れない、スタイリッシュな美意識、といった彼らの演奏に対し、
さらに高い技術、さらに知的、さらにクールな演奏、というのはやはり数々出ていたし、
それはそれで、面白かったわけだけど、やはりこのポ、ア、マのLPレコーディング新世代の若手・中堅エースたちによる先行テイクのパラダイム、いわば重力圏外になかなか完全に出ることができなかった。

それが、この子の演奏は、もう一聴、ぜんぜん違う。もう、そのへんが完全に吹っ切れてる。というか、特にそういうことは、意識してない(笑)
4枚目のディスクらしいが、17歳でショパン・コンクール4位入賞後、デビュー盤もこの前奏曲の録音で、5年ぶり、22歳にして既にこれが再録音;)
20歳にはラドゥ・ルプーを世に送り出したことでも知られる、リーズ・コンクールでペライア以来のアメリカ人ピアニストとして単独優勝(かつ単独入賞)、偉大なる(とフランスのラジオなら付くところ;)ダン・タイ・ソンの弟子でもある…と並べてみても、どういうエコールに属するピアニストかが想像されよう;)

非常に勝手な、個人の思惑を述べるなら(笑)もしこのアルバムがDeccaから出ていたら、シェマ的にはさらによかったと思うのですが…というのも、今回、「さよなら、ポリーニ、さよなら、アシュケナージ」と、大きく出てみたのも、このアルバム単独の力ではなく、聴いた瞬間、DG、リシエツキのエテュードを思い出したから!;)

70年代初頭のマウリツィオ・ポリーニによる録音以来、ショパン、エテュード全曲の録音を一切許さなかったDG(ドイツ・グラモフォン・レーベル)。
あたかもそれが決定版、これ以上の録音はありえない――そう、当時のレコードに付された帯の「これ以上の何をお望みですか?」という煽り文句の責任を取ろうとでもいわんばかりであったDGが(笑)
なんと40年ぶりに同曲を録音したのが、このリシエツキ盤、だったわけですが、
そんなことはあとになって判ったことで、一切そういう能書きなしに;)
最初に僕が聴いたのは多分作品25の7ではなかったか、と思うのですが、
これも一聴、本当に新しい、と思った、
特に作品25は、全曲が、もう、本当に新しい感覚で、
ポリーニ、そしてDecca(当時日本ではLondonレーベル)のアシュケナージ盤以来、ある意味では変わらなかったこの曲集、本当に、これ以上の録音はもしかして出ないのかも、とまで時折思わせたこの曲集を、まったく別のものにしてしまったという印象を受けた。
その*リシエツキ事件*、*リシエツキ体験*みたいなものが前段としてあったわけです;)
…この件については、『#新譜早耳2020』にも既に多少書いておきましたが。。;)

…うん、いま、念のため、超久々にポリーニ盤を聴いてみましたが。。うーん、懐かしい! 心に染みる、昭和歌謡のようだ。。w 作品25の11とか、たしかに今聴いてもすごいなーと思うけど、とにかくどの曲も、均等に、すっきりきれいに、見事な小唄のように(?)まとまっていますね。。(笑)グラモフォンの録音も、最近とはぜんぜん違う。…前のほうがいいかも(笑) そのもう一つすっきりしない音の中から(笑)しかし、リシエツキはポリーニのまとまりのよさからは遠く、こころを揺さぶるのです。…いや、しみじみと、いいですね。ほんとにすてき。(あ、もちろんポリーニも、このありえないまとまりのよさ、スタイリシュさ…とは、すなわち「こう音楽を造形するのだ」という頑ななまでの意志による強力なコントロールのことですが…で、当時のリスナーの度肝を抜いて、超こころを揺さぶったわけですけどもね;)

当時ポリーニとあい競うように、英Deccaから同じくショパンの目の覚めるような録音を出していたのがアシュケナージで、DeccaはDGほど権威的ではないと思うので(笑)アシュケナージ以降もいろいろ録音はあったでしょうが、
今回のEric Lu盤が、Deccaから出ているとシェマ的(図式化)にいい、と僕が思うのは、このリシエツキDG盤のことが念頭にあったから、です。

なお、このLu盤、ショパン、前奏曲の他にも、ブラームス、そしてシューマンの、最晩年のピアノ曲が収められています。
ブラームスの間奏曲、作品117の1、アンダンテ・モデラート。これは、ショパンとはまた違った難しさのある曲で(笑)美しいとかきれいとかロマンティックだけではない、もっと幽玄の美、みたいなものから、惻々とした、身を切るような孤独感、さらに、なにかもっと形而上学的な、反重力の世界、みたいなものまで描き得る。
どれも素晴らしいブラームス晩年の作品番号100以降でも、弾きようによっては白眉となる一曲で(笑)Luの弾き方は、あくまでも美しい間奏曲、という感じになっており、やや「うーん。。」という感想をまず持つのですが、
今年の新譜、この曲を含むブラームス後期ピアノ作品集では、カルティエ-ブレッソン盤にかなりいい印象がありました。#新譜早耳2020(笑)
美しさと、寂寥感、抜群の間合い、呼吸、みたいなものが特に秀でていましたが、中では、この曲はいちばん目立っていたとは思わない、やはり難しい曲だなぁ、という印象。。ブラームスについては、もしかしたらまた「新しいブラームス」ということで、もしまとめられそうなら、まとめたいです;)

…しかし続くシューマン、ゴースト・ヴァリエーション。つまり現存するシューマン最後の作品という、非常に渋い選曲になってるが、
自殺未遂前の錯乱状態で、幻聴に聴いた天使の歌声(フランス語ではVariations des espritsで、*精霊たち*)をもとにした変奏曲、というパラテクストを持ち、忌まわしい記憶のためか、未亡人となったクララが発表を拒んだ、という経緯もあり(しかし、廃棄はしなかった)
あまりポピュラーとはいえない、やや物々しいこの作品を、ここでは引き続き、基本的に大変美しい曲、として弾いてしまっている。
この並びで聴くと、逆にブラームスの間奏曲も、文字通り短いちょっとした間奏曲、インターリュードと機能しはじめ、これならこれでいいのかもしれない…と納得もできる(笑)

というわけで、エテュードに続き、これでプレリュード。
いずれ出てくるはずの、さらなるショパン、新時代の演奏・録音。特に特にソナタ、スケルツォあたりの出現を、注意して、楽しみに(ちゃんとアンテナ立てて!)待っていたい、と思います;)
#長生きは楽し


『クラシック名曲名盤 #新譜早耳2020』
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ストリーミング時代の、新しい音楽の聴き方
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作品についてのコメントはこちらへ。

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