…とりあえずCDを中心に、パリにきたから出会えたと思えるものを。2007年に書いたまま放置されていたプレフェースはこちら

#新譜早耳 2020 #ベートーヴェン・イヤー『運命』の復活なるか?;)

ベストバイ・ミュンシュ『幻想』では、もう何も書かないかも…と予防線を張っておいた #ベートーヴェン・イヤー2020 ですが。。
『#新譜早耳2020』リリース関連のばたばたが一段落し、一息ついてから、おもむろにまだ聴いていない今年の新譜に手を付けてみたところ、やっぱり、これを聴いてしまいました:

ベートーヴェン:交響曲第5番 作品67「運命」 テオドール・クルレンツィス指揮、ムジカエテルナ

調べてみると、日本のCDショップサイトでも、案の定、話題盤として扱われていました;)
結論にあたる*感想*をまず先にいってしまうなら(笑)
1楽章は難しい、2楽章は誰がやってもいい、そこで注目は3、4楽章だけど、
うん、これは、悪くない。結構楽しく聴いてしまいました。
…というのは、実はそれだけでもまぁ、快挙で(笑)それはなぜか、ということを、以下にまとめてみよう、と思います;)

まず、録音時代以降のミュージシャンが、いわば過去に決定的な名演があるからこそ名曲と知られる音楽を、それでも再び録音してくれる。それはしばしば、一見して絶対に乗り越えることのできない大きな壁として立ちはだかっている場合も多いわけですが(笑)それでも負けじとぶつかっていく。
そういうミュージシャンたちへの敬意とか、感謝といったものを『#新譜早耳2020』を校了中にも折りに触れ実感し、そのあたりはtumblrブログのオマージュとしてまとめておきましたが。。要するに、そういう音楽家たちがいてくれてこそ、その曲は現在を生きる音楽として、また違って歌い出す可能性があるわけです;)

ベートーヴェンのシンフォニーに関していえば、モノラル録音時代にフルトヴェングラートスカニーニの両巨頭のディスクがあまねく音楽ファンに決定版として受容されてしまった。特に5番については、フルトヴェングラーの録音を超える演奏は、決して現れないのではないか、というある種のパラダイムが形成されていたわけです(笑)

そこを文字通り軽やかに乗り越えてしまったのが、カルロス・クライバー盤で、個人的にはこのクライバーのベートーヴェンを子どもの頃に聴かなかったら、僕の音楽の好きさ加減と質、音楽との関わり方は、まったく別のものになっていたような気さえする、という話は、その昔、角川から出した単行本『シンプルな真実』にも書いた通りです;)

すると今度は、このクライバー盤が、乗り越え不可能な壁になってしまった(笑)
こんなにしなやかで、ダンサブルなベートーヴェンは、もう誰にもできないわけです(笑)
7番も4番も、現代ではクライバーが決定的な名盤、ということになっています6番はともかく;)

そこでそれ以降のベートーヴェンのシンフォニー解釈でさらなる*斬新さ*の可能性として追求されたスタイルの一つのポールは、クライバーの解釈から比較的吸収可能な、その快速性、スピード感、躍動感、そして軽やかさ、というあたりだったように思います。

…クライバーのベートーヴェン録音の中で酷評されるのは6番ですが(笑)これはその快速性が、*田園*、パストラル、というニックネームから生まれる先入観にそぐわない、ということだと思いますが。。僕は別に結構好きです(笑)
クライバーの田園が結構イケる人は;)フランスのパレーという指揮者が振った田園を聴いてみてください。ひょっとすると、クライバーより、さらにいいです;)
これは僕はバーンスタインNYPのエロイカが聴きたくて(笑)パリ市の図書館で借りた謎の全集の6番がこの人だった、という出会いで、全曲を異なるシェフ盤で集成したこの全集、さらにn°4モントゥー、n°5セル、n°9ヴァルターetc.,etc., と、聴いてみると、妙に納得、のチョイスが光っていました;)

それはつまり、こちらのHPでもかつてコメントしたアバド盤、そして究極的には、超ライトウェイト、コンパクトさで度肝を抜く(笑)シャイー盤に結実した*美学*、なのですが、確かに以前に書いたとおり、アバド盤はベートーヴェンの音楽を日常の中に取り戻した、シャイー盤はやはりその軽さにおいて*斬新*であったことは間違いない、とは思うのですが、ではクライバー盤を乗り越えたか。。というと、そうとはあまりいえず、
そのコンパクトな邪魔にならなさ(?)において、クライバーを飛び越え、むしろカラヤンのデジタル時代を見通した先見的なセンス、というものが浮かび上がってくる(笑)…というお話も、以前に書いたとおり、です;)

さて、遂にここからが本題で(笑)クルレンツィス盤。
まず1楽章は難しい、という話を簡単にしておきますが、つまり、日本では*クラシック音楽*の代名詞化している、例の冒頭のシグニチャーな*ジャジャジャジャーン*、です(笑)
…これね、クラシックやってる人は、ヤパパパーンといい、韓国人はチャチャチャチャーン、というと思われます;)
音楽やってる人は、すぐに気づきますが、これ、アウフタクトですよね。中学校の音楽の授業で、弱起という概念を教わったのを、起きてた人は覚えてると思いますけど(笑)裏拍から入ってる。つまり、全曲の最初は休符、お休みなわけです。
いってみれば最初の*ジャジャジャ*まではオーナメント、付け足しで(バンドやってると、よく*オカズ*ともいいますが;)、次の*ジャーン*からが本題になる。
もっというと、その後にバソン(ファゴット)が白玉で「ドーー」と入ってくるところからが、ほんとの本題、ね(笑)
もちろん、こういうことは、音楽ではものすごく普通なんですけど(笑)
この本題では必ずしもないところに、*ジャジャジャジャーン*とか、*クラシック音楽の代名詞*とか、師のたまわく「運命はこのように扉を叩く」(嘘)とか、もう、様々なパラテクストがてんこ盛りになって一気にのしかかってくる。しかもその上に、*フルトヴェングラーの呪い*までかかってる(笑)
クライバー師匠は、そこをいわば後のエステティックのパイオニアとして、持ち前のダンソンな躍動感で鮮やかに切り抜けることができたけど、
もう、これは、この方向では誰も解決できません。
… むしろ上述「謎の全集」のセル盤のほうが、正攻法に、聴くものを思いっきり正座させます(笑)
クルレンツィス盤も、ここはクライバーの軽やかな解釈を横目に、到底あのしなやかさは実現できず、といってフルヴェンの情念と真っ向勝負をするわけにもいかず(笑)冷や汗一斗、とにかく快速なだけの金釘流で、そそくさと片付けています;)

2楽章は緩徐楽章で、これも角川の『シンプルな真実』に書いた気がしますが;)
ベートーヴェンのスロー(笑)はシンフォニーにしろ、コンチェルトにしろとにかく巧い。
ビリー某J法師がソナタの2楽章をそのまま自分のアルバム中のポップソングにしてしまっていたように(笑)誰がやっても上手くいく;)

そこで、そこまでは概ね答えが予想でき;)注目は続く3、4楽章、ということになる、というわけですが、
はい、ここで冒頭の結論にループして(笑)クルレンツィス盤、悪くない;)

若干レヴュー風のことも書くならば;)
仮に、アバド経由のシャイー盤が、クライバーのとにかく快速、軽快、という線で突破しようとしていた、とするなら、
このクルレンツィス盤は、クライバー盤のもう一方のありうる延長方向、
つまりクライバーの解釈を、《細かな演出性》と捉え、その方向で突破を図ったもの、と評してしまうと、さて、どうでしょう。。;)

…これを*21世紀的*演奏、といえるか、どうか。…しかし『#新譜早耳2020』収録ディスク〜2019年度«早耳大賞»、交響曲部門次点に挙げたサロネン盤n°3も、あるいは近いアプローチ、演出性での突破を目指すもの、ではないでしょうか?。。

いずれにせよ、悪くない…というか、2020年にこういう録音が出てきたことをやはりまずは歓迎したい。
そしてこの演奏の真価を決めるのは、僕たちオールド・ファンではない。
それは今音楽を一生懸命聴き始めている、今後の音楽の*芯*の部分を担っていく、音楽の判る、センスのいい十代たち。
彼らにとって、これが本当に重要な音楽になるか、ならないか。
On verra、Time will tell、いまに判るさ…ということでよいのではないでしょうか;)

というわけで、ベートーヴェン・イヤー、フランスでは7月学年末で一応終了、日本では前半を折り返しましたが、今後再びベートーヴェンについて書かなくてはならない面倒な事態が起こらないことを切に願いつつ(笑)
もう1枚だけ、このアニヴァ年の収穫をピックアップしておくと:

ベートーヴェン・コネクション ジャン=エフラム・バヴゼ

このHPのドビュッシー特集でもあれこれ書いた仏ピアニスト、バヴゼ
ベートーヴェンの同時代の作曲家として、名前は知られているが音楽はあまり聞かれていない人たちのピアノ作品を集めたアルバムをこのベートーヴェン・イヤーに持ってきました。
これが面白いのは、孤高の天才ベートーヴェンも、当時のコンテクストの中においてみれば、決して一人で独自のことをやってたわけじゃない、
みんながやってたようなことをやっていたが、結局その中で一番受け入れられ、後世に残ったのがベートーヴェンの作品だった、ということがよく判る。
モーツアルトの次がベートーヴェンで次はシューベルトだろ?というような理解では、各天才は孤立した孤児に見えてきますが、そうでない。
B氏の作品の価値やよさがそれで減るわけではないですが、アイ・オープニング、という意味で、このアルバム。
今年のおすすめに加えておきます;)[輸入元情報]

ではでは、今年はCovidで大変ですが、それでも残りの夏を、
極力ステイ・セーフ、ステイ・ホーム、
外出の代わりに、時代の恩恵、ストリーミング・サーヴィスで素晴らしい音楽の旅を、
もちろん、『#新譜早耳2020』をぜひとも片手に;)
よいヴァカンスをお過ごしください!

=追記=
…と書いたあと、もうポストしようとしている時に気づきましたが(笑)
youtubeでF.-X. Rothが問題の*運命の動機*について解説していました。
BEETHOVEN AT HOME – SYMPHONIE N°5 – FRANCOIS-XAVIER ROTH
ロトに関しては、先日新譜のムソルグスキー/ラヴェル編を聴いて、実はそのミュージカリテに正直だいぶ疑問を持ったのですが(笑)
さすがミュージシャン、面白い解説で、まずこの動機がユニゾンであることについて。
ユニゾン、というのはみんなで一斉に同じ一つの音を出すこと。西洋音楽ではある種の*異常事態*といっていい、と僕は思うのですが(笑)
ロトは、そこにハーモニーがないから、様々なハーモニーが想像可能、といって、友人の作曲家Philippe Manouryに作ってもらったという具体例を実演しています(フルート吹きなんですね!;)。
さらにいま一人の偉大な音楽家が「何年か後に」(これ、フランス人の好きな半分ニヤリとさせようといういい方。事実は150年後、ですから;)この続きを作ったようだ、とクインシーのソウル・ボサノヴァを紹介し、Covidの自宅隔離中の現在(当時)、病院の職員に喝采を送るべく毎晩8時にバルコニーでみんなが叩くリズムもこのベートーヴェン/ジョーンズと同じである、という話で締めくくられています。いや、案外面白いので、見てみてください;)


『クラシック名曲名盤 #新譜早耳2020』
〜全497ツイート/1417枚試聴!!〜

ストリーミング時代の、新しい音楽の聴き方
昨年のクラシック新譜1417タイトルを全部試聴、これは!というトラック497をツイートで紹介、丸ごと一冊に。
だから短い、すぐ読める、
試聴用リンクで全曲無料試聴も可能!
自宅でステイ・セーフしつつ、いちばん新しい時代の風に吹かれてみては?

作品についてのコメントはこちらへ。

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