『失われた時のカフェで』って、どんな内容なの?(小話形式)

—固い話は、さんざん解説に書いた直後なので、思わず小話形式にしてしまいました。訳自体も解説も非常に真面目ですので、その点はご懸念なきよう;)—

ハテナ:「博士、博士、いまTwitterで読んだんだけど、『失われた時のカフェで』って、どんな小説なの?」
博 士:「生きているもっとも偉大なフランス作家、とフランスで呼ばれている名匠パトリック・モディアノの非常にスリリングな長篇で、これまでのモディアノ作品の中でももっとも深い悲しみに満ちた傑作、と評した人もいる。ほれ、この雑誌。。。あ、Téléramaか。これでは“権威”にならないな。。しかし訳者解説によれば、同時に深い《共感》にも満ちている、とのことじゃな」

ハテナ:「へー。。。なんか難しそう」
博 士:「はっはっは、文学だから、そりゃ当然じゃよ。人生が往々にして楽じゃないように、文学だって難しい。しかし人生と同じように、苦あればこそ楽あり、ともいえるんじゃ」

ハテナ:「ハテナ、楽が好きだよ。楽のとこだけ話してよ」
博 士:「うーむ。お話としてもこりゃなかなか面白いんじゃ。パリを舞台に、ミステリアスなヒロイン・ルキと、彼女の通ったセーヌ川の右岸と左岸、ふたつのカフェで出会った人々、複数の視点から、モディアノ得意の時空を滑るようなナラションで紡ぎ出される物語。カフェ好きや、パリ好きにも堪らんじゃろう」

ハテナ:「まだ難しそうだよ。時空を滑るようなナラション、ってどういうこと? ハテナ、チンプンカンプンだよ」
博 士:「うーむ。。。ではこういえばどうかな。パリを舞台に、カフェ好きの美少女ルキちゃんと不思議な人たちとの出会いと別れとが、ダイナミックな時間移動の中で再現されていくという、つまり、ひとつの。。。」
ハテナ:「え!じゃあ、ルキちゃんはエスパーなの?」
博 士:「いやそういうわけではないんじゃが。。。」

ハテナ:「やっぱり判った気がしないよ。そんな説明じゃあ親しみにくいよ。。」
博 士:「うむ、どういえばよいのかな。そう、『失われた時のカフェで』、たとえば、これは略せば『時カフェ』じゃな。。。」
ハテナ:「『時カフェ』?? あ、わかった、じゃあやっぱりルキちゃんは、“時をカフェる少女”なんだね?」

博 士:「。。。うーん、まぁ、そのほうが判り易ければ、この際、そう考えてもいいかもしれん。。たしかにモディアノの文学には、“時をカフェる”ような魅力がある、ともいえるのかも。絶妙の技で立ちのぼる時間性の豊かさを、ともかく愉しむ、という意味では。うーむ。。。」
ハテナ:「じゃあ、主題歌は、やっぱりユーミンかな?」
博 士:「。。。いや、実際このルキの物語には、まさにユーミンを彷彿とさせる部分がある、と解説にも書いてあったよ。しかしそれは、もはや文学というより、むしろ、たとえばカルチュラル・スタディーズなんかの領域じゃろう。。。」

ハテナ:「ふーん、なんかよく判らないけど、でも、ハテナ、この替え歌は、気に入ったよ! 時〜をカフェる少女。。。♪ 博士、ありがとう!」

。。。というわけで、この春の読書は『時カフェ』で決まり、という今回のお話、お後がよろしいようで。。。

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