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  • Michel Legrand,
    le 24 février 1932 - le 26 janvier 2019.

    ミッシェル・ルグランは、このアルバムが出た際に、レコード店のイヴェントに見に行きTernesのfnacです;)

    その時ふとRER、Châtelet - Les Halles駅で見たミュージシャンのことを思い出し、巨匠ルグランと、メトロの無名のアーティスト、という話を書いてみたい、ずっと思っていたのですが、
    なかなか繊細な話でもあり、
    そもそもネットに載せて読み飛ばしてもらうようなものでもないので、そのまま、書かずじまいになっていました。。

    とにかくもう、どんどん人が死ぬのはやめていただきたい、
    それが僕の、偽らざる、心の叫び、
    少なくとも、訃報に気づくと、こうしてその日の予定は崩壊、です(笑)

    …というわけで、僕の見たあの日のルグランの話など、リリカルな部分は全部諦め、最低限、このアルバムについてのコメントを何点かだけ…;)

    まずは、こちらから:

    Natalie DESSAY - Patricia PETIBON “Chanson des jumelles”

    ご存知、Les Demoiselles de Rochfortロシュフォールの恋人たちdvd)より:

    僕の世代のフランス好きの女のコたちは、みんな見てたくらいのものなので(笑)この上詳しい説明は省きますが、

    カトリーヌ・ドヌーヴと本作公開年に亡くなった実姉フランソワーズ・ドルレアックの共演作。ニース国際空港へ向かうルノー10運転中の事故、といわれていますが、

    この姉・弟を失う、という共通の伝記的経験が、

    Elle s'appelait Françoiseに序文を寄せたノーベル賞作家パトリック・モディアノとドヌーヴの親交の基礎にあるとされています。

    Catherine Deneuve et Patrick Modiano, Elle s'appelait Françoise

    …いうまでもなく、ルグラン音楽ジャック・ドゥミ監督ドヌーヴ主演の大ヒット作シェルブールの雨傘dvd)に続くミュージカル作品。

    このアルバムのシンガーNatalie Dessayはかつてコロラトゥーラの名手として日本でもオペラ・ファンにその名を轟かせていたし、
    こちらも僕が実際に見た感じ、
    またそれ以前に、フランス語が判るようになってインタヴューで話しているのを聞くとガラガラと印象が変わってしまった、といった、その辺りのことも、今回のところは措くとして;)

    ↑↑のデュエットで共演しているパトリシア・プティボンについてのみ付言しておくと、
    自分の妹みたいなもの、とナタリー・ドゥッセもいってたくらいで、レバトワに重なるところも多く、フランスではスター、
    1度バスティーユで実演も見たことがあるが、Les Contes d'Hoffmannのオランピア役で、当時妊娠中だったらしく、
    そんなゴシップに疎い僕は、
    。。オランピアが、妊娠。。うーむ、いったいこの演出の意図は。。??
    とフロイト的な迷路を軽くさまよった記憶アリ(笑)
    覚えておいていい歌手、と思う。

    冒頭のヴィデオ↑↑で、6歳の頃の夢は、カトリーヌ・ドヌーヴになることだった、といっているドゥッセ。
    妹分と目するプティボンとの共演では、結局姉のフランソワーズ・ドルレアックのパートを歌っているところも、ちょっと面白いですね:

    さて、このアルバムには
    Les Parapluies de Cherbourgほかなどからの有名な曲も収められているが、 僕としてはぜひ聴いてみてほしいのが、まず:

    La valse des lilas

    中間部からのスキャットシンギング。
    よくフランスがステキ、パリがステキ!という人がいるけれど、
    こういうのを聴くと、ああ、なるほど、
    フランスがステキ!って、多分こういう感じのことをいってるのかなぁ。。
    と思ったりもする(笑)

    冒頭ヴィデオ↑↑のレコーディング風景からも判るように、昔ながらの1発どり式の、時代がかった豪勢な録音スタイルを取っている、と思われ
    また、youtubeに数多上がっている二人共演のライヴ・ツアーなどの映像を見ても、
    ルグランのスキャットは、ほんとに弾き語りで録っているのだろう。
    昔のジャズのシンガー/ピアニストはよくやっていたけれど、
    機械頼みの最近のミュージシャンには、まず絶対に真似できない、
    本当に、飛び離れた音楽性、ミュージカリテを持つミュージシャンしかプロにはなれなかった、
    もう二度と帰ることのない、往時のレヴェルのものすごさが偲ばれる。。

    そして最後に、初めてこのアルバムを聴いた時、
    パリ市の図書館で借りてきて、レファランスとして参考までに、ながらでざーっと聴き流すだけ、のつもりだったのに、
    ガツンと掴まえられて、そこからえんえん、無限リピートに入ってしまったのがこの1曲:

    Paris Violon

    古今に街を歌った名曲は多いが、
    その街の人々やその精神でも、
    その街に生きるライフスタイルや感覚、価値観でもなく、
    こんなふうに、街そのもの、それ自体に対する愛を歌い上げた曲、
    というのはちょっと他にないのではないか。
    やはり、パリならでは、というか、
    そこに暮らす人でもないし、その街での暮らしぶりでもない。
    ただ、ひたすらにパリという街それ自体に対する、説明不可能な、底知れぬ深い愛を改めてしみじみ噛みしめることができ、
    思わず涙が浮かんでくる。

    日本人、日本語話者に生まれて、多分いちばん素晴らしいことは、
    思いやりの心やおもてなし等が判るからではなく(笑)
    源氏を読むことができること。
    源氏を読んでいると、そう思う。
    こういうと、大げさに聞こえるかとは思うが、
    それと同じような意味で、
    この歌のフランス語が、自然に、順番に、
    しみじみと心に入ってくる時、
    ああ、本当に、フランス語を勉強して、よかったなぁ。。
    と、何度聴いても、そう思う。

    Michel Legrand, Natalie Dessay - Entre elle et lui

    #フランス語

    yuichihiranaka:
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    …あの夏、ベルリン。。
    2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
    ようこそ、旅行記と文学論の、ナラティヴな“街の迷路”へ。

    『ベルリン日和』
    “A moment.” …それは《気づき》の時。

    作品についてのコメントはこちら

    01/30/19

  • photo from Tumblr

    ご相談:ホームページのモバイル版で、iframeを使うとリダイレクト?でページが表示されなくなってます。wordpressベースですが、詳しい方、直していただけませんか? お礼は寸志ながら0.001btcでいかがでしょう?;) bitcoinの明るい未来を信じられない方はw KyashかLine Payでお送りします。どうぞよろしくお願いします:)

    問題のHPのurl: http://yuichihiranaka.com

    (参考:左が現行モバイル版トップページ;右はもうめんどくさいので、この際別のテーマを作りかけたもの;)

    01/15/19


  • 2019年、ブレない強さ。

    2019年が始まりました。

    アメリカといい、韓国といい…
    ロシア、中国はもちろんですが、
    どうも世界の*オラオラ化*が進んでいるように思います。
    日本もゴーン逮捕・勾留の手法、国際捕鯨委員会脱退、と
    やや地味目ながら(笑)ちゃっかりこの機に乗じ、
    *オラオラ国家*の仲間入りを果たしているようです;)

    ナショナリズム、ゼノフォビア、セクシズム、経済差別。。。

    不安材料ばかり目につきますが、
    どうにか20世紀の二の舞だけは、避けたいものです。

    というわけで、今年は、世界中の、そして就中日本で、

    自由と、人権と、社会正義、反戦平和のために戦っている、
    偏見、差別、独裁、少数派への迫害と戦っている皆さまとともに、

    この1曲を聴きながら、始めたい、と思います。

    We Shall Not to Be Moved by Mavis Staples

    私たちは、動かない、水辺に植わった樹のように。
    組合が味方だ、動かないぞ
    自由のための戦いだ、動かないぞ、
    子どもたちのための戦いだ、動かないぞ、
    黒人も白人も一緒に、動かないぞ、
    水辺に植わった樹のように、私たちは、動かない。

    **翻訳のポイント**

    原詞にはshallがあって受動態になっていることは、中学生でも判ると思いますが、
    これは有名なプロテストソングですので、到着言語でもちゃんとプロテストソングとして伝わる、というのが翻訳の最重要課題です。
    中学校の英語の試験で、辞書の訳語を逐語式に漏れなく記述しているかどうか、で理解度を判断され
    (漢文読み下しの伝統の影響ですが、それを無神経に*直訳*とまで呼び習わしているのが、深刻な問題ですが;)
    ○×をつけられたことのトラウマから(笑)
    なかなか立ち直れない、という問題はあると思いますが、
    翻訳する、ということは、原文が表現していることを別の言語で表現する、ということで、
    原文に書かれていないことを付け足すのは改作に当たりますが、
    原文に書かれていることを漏れなく記述して○をもらうことよりも、
    原文の表していることのプライオリティを見抜いて、そこを守る、ということも忠実な翻訳の本質だろう、と思います。


    01/01/19

  • photo from Tumblr

    これは、本当にすてきなクリスマス・アルバム。

    Verbum caro factum est - a Christmas Greeting
    Bach Collegium Japan Chorus Masato et Masaaki Suzuki

    フランスでも、現代を代表するバッハ解釈者、といえば、ふつうに
    クイケン、ガーディナー、エルヴェッグあたりと列挙される、マザアキ・スズキ;)

    ラジオ・フランスではこのプラージュが紹介されていましたが:

    Hark theheraldangels sing - pourchoeur mixte a cappella

    その際にも、最初のcoupletは日本語で歌われている、としっかりフランス語で説明されていましたよ;)spotifyはこちら

    …しかし、オザワやウチダのように、欧米に移住して世界的な名声を得る人はいたとしても、日本国内を拠点に世界のトップと伍す、というのは。。
    Bisレーベルの存在、というものもあるかもしれませんが。。

    こういうことをされてしまっては「所詮は西洋音楽だから、日本人奏者に対しては偏見があって、なかなか実力が認められないんですよ…」
    などともいいづらくなってしまうのでは。。と、余計な心配もしたくなりますね。。;)

    ともかく今年のノエルの贈り物は、これにて:

    amazonストリーミングはこちら
    spotifyはこちら。

    では、暖かくして、どうぞよいクリスマスをお過ごし下さい。

    Very Merry Christmas to each and everyone!

    12/21/18


  • *共感*より大切なことがあると3ステップで理解する方法。

    *共感*崇拝に、もう一石(笑)

    より*共感*されるものがより素晴らしい、という話が無反省にはびこっているように思います。

    より*共感*されているかどうかは、販売部数、ダウンロード数、閲覧数といった数値に落とし込んで理解することができる。

    「売れてるものが素晴らしい」といえば、ゴミのようなものが大人気になっていることに気づく、という経験は殆どの人にあるでしょうから、すぐに嘘だと判ってしまう。

    そこに*共感*ということばをかぶせると、一気にもっともらしくなり、その陰で実質的には、売れ行きなどの数値を単に追うだけでいい。ビジネス、金儲けには、非常に都合がいいわけです。
    より*共感*されるもの≒より売れてるもの、ということなので、要するに、金儲け至上主義で、全肯定されるわけです;)

    結局*共感*という美名の皮をかぶったその実態は、
    単なる*金・金・金*、カネ至上主義となんら違いないものになります。

    しかし、より*共感*されるものがより素晴らしい、
    といわれると、そこだけ見ると一見もっともらしく、これがおかしいということを確認するには、面倒でも、3ステップ程度の思考が必要になる(笑)

    面倒ですが、ちょっとやってみましょう;)

    例えば小説よりマンガのほうが多くの人に読まれる。
    金儲けに都合のいい上記↑↑の混同をここに適用すれば、より多く売れるマンガのほうが、小説より*共感*されている、ということになります。

    じゃあどうして人はマンガではなく、小説を書くのか。

    ほんとはマンガが描きたかったけど、絵が下手だったから、というようなことも、もちろんある、と思います。
    しかし大人になって、小説家になるような人の多くは、子どもの頃はコマ漫画も描いていて、少なくとも自分の小学校や中学校のその学年では、いちばん漫画を描くのが上手かった、というような人がかなりいるのではないか、と思います。
    …少子化前の、6〜12クラスあった頃の学校でも、です;)

    しかし、あるところからマンガではなく、もっぱら小説を書き始める、偶然とか、行きがかりといったこともあるでしょうが、
    小説を選ぶのは、やはり小説のほうが面白かったから、
    少なくとも、小説には、マンガではできないことがある、
    マンガにはない面白さがある、
    それに気がつき、その面白さに気づく、ということはあるでしょう。

    つまりこの時点で、普通に、より数多くの人に受け入れられることよりもっとだいじなことある…と実は考えているわけです。
    (この場合は「小説ならではの面白さ」がそれですね;)

    では、小説を選んで、小説がマンガほど広く読まれないのは状況として事実だから、
    マンガはちょっと横にのけて、小説という枠の中で、いちばん*共感*されるもの(≒いちばん売れているもの)が、いちばん素晴らしい、と考えればいいのでしょうか?
    これは、殆んどナンセンスです。
    そもそも、いちばん広く受け入れられる、*共感*される、数多く売れる、ということとはまた別の価値基準から、
    そもそもこの例の場合、小説は存在しているわけです。
    そこに*共感*至上主義の価値観を当てはめることは意味をなさない、
    ビジネス、金儲けの都合以外何もない、トンチンカンな押し付け、ということになります。

    …まぁ、この話は、他にもっといい説明が思い浮かんだら、また改めて書いてみることにしたい、と思いますが;)
    ただ、今の世の中は、具体的には、実はもう、金儲けの都合でさえ動いていない、と思うんですよね。。
    そのあたりのことも、またいずれ;)

    というわけで、*共感*度外視で(笑)
    上にクリップしたのはClaire Désertのマスター・クラス。
    フランス語が判らないとどう感じるか、ちょっと判りませんが、ほんとにすてきだなぁ…と思います。。
    (授業抜きの演奏はこちら。純粋に演奏のみを楽しみたい場合はもちろん、↑↑のマスタークラスの内容についてもワン・ポイント解説しておきました;)

    近年クラシックは、もうレコード会社による大きなスタジオ録音の企画は不可能なので、新譜はオーケストラの自主制作や放送局のライヴ音源、小レーベルの低予算、器楽、室内楽ばかりが目につきますが、
    音大で後進を育ててきたペダゴーグとしてむしろ知られる先生たちの録音も(収入目的でないので)いろいろ出てきて、中にはなかなか味わい深いものもあります。
    彼女もパリの国立コンセルヴァトワールで長く教えている先生ですが、
    今年のシューマン・アルバム、僕はほんとに好きでした。
    特に幻想曲は、華麗な名演・名盤揃いですが、
    なかなかしみじみいい演奏、というものが実は少ない、
    そもそもこの幻想曲という曲自体の問題だと思うのですが(華麗な演奏は多いんだけど。。ということになってしまうのは)
    そんななか、このクレール・デゼール盤は、久々に心温まる、本当にいい録音だった、と思います;)

    クレール・デゼール
    Schumann - Claire Desert | hmv.co.jp

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    …あの夏、ベルリン。。
    2014年、ベルリン。文学、そして旅の記憶のラビリンス…。
    ようこそ、旅行記と文学論の、ナラティヴな“街の迷路”へ。

    『ベルリン日和』
    “A moment.” …それは《気づき》の時。

    作品についてのコメントはこちら

    12/16/18

平中悠一公式tumblrブログa perfect day for gingham-check
公式HPでは取り上げない、政治や社会、Geekやポップス、ジャズ、TV、etc, etc…
インターネットで見つけた気になるものの、スクラップ・ブック。
最近読みたい雑誌がない、というあなたのために。…グラビア・ページもあります;)
全てを楽しむには、こちらから…。
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